ゼンマイ、なくてはならないもの
昔住んでいた町並みが優しいですよね。久しぶりに行ってみるとなんだかとても小さく感じるのはどうしてなのでしょうか。諦めでもなく、慰めでもないもの、本当の希望が今ほしいですね。自分の運命は決まっているなんてあまり考えない方が楽しいかもしれませんね。さて、一頃、西暦2000年問題というのが流行しましたが、あれってなんだったんでしょうね。なんでも、人類が破滅するレベルの危機だあ、というところまでフィーバーしていたはずなのに、気がついたら何も無くて良かったには良かったけど。要するに、世の中の専門家・評論家というものの限界を示した一例かもしれませんね。一過性じゃない問題としてはウイルスがありますね。いまじゃ、ウイルスが蔓延して、私のところにも毎日のように変なメールが送られてくるのですが、結構、送ってくるほうもマメなものですね。いくら仕事とは言っても、山菜の話題もちょっと低迷しつつありますが、ギョウジャニンニク、食用菊とくれば、ゼンマイでしょうか。最近では、ゼンマイとか、他の山菜についてやはり勉強する気でいます。ゼンマイは興味深いですね。
ちょっとだけ特集コーナー
世紀末にもうひとつ静かに終わったのが、ノストラダムスの大予言でしたね。あれも、なんだか随分と長かったけれど、ようやく決着をみたわけだ。結局、予言とかなんとかいうものは、それでお金を儲けるための方便にされるんでしょうね。でも、テレビでも特別番組組まれたりするので、未だに、そうゆうことを信じる人がいて、それで世界経済が成立しているのでしょう。多分、今の時代、人々が「努力」という言葉を忘れ、「超○○」みたいないわゆる天才的才能に憧れを持つという流れなのかもしれませんが、それって、凋落する社会集団のひとつの前兆現象だと思っています。実を忘れ、虚の世界へ、その傾斜は今後もますます進むでしょうね。そうゆう番組を見たり、本を買ったりする人は、つきつめてみれば超能力を信じているのではなく、「信じたい」だけなのでしょう。おそらくは、自分を満たしてくれるものが少なくて、かなりクリエイティビィティに乏しいプライベートライフなんでしょうね。さてさて、またしても編集長から催促のはいっている山菜なんですが、今の流れは、ゼンマイは変わりません。私の友人がゼンマイを絶賛していて、でも、もう少し地道な世界なんですよ。ここはね。ただ、好き〜とか行ってれば願いがかなうわけでもないし。その点は、考える必要があると思います。でも、編集ネタはやはりゼンマイなんですね。
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